そらマメさん道路局

以前のブログから、道路関係と一部の公共交通の話を分離させたもの。鉄道関係・新聞流通の話は、別ブログで。

爆発踏切から見て思う、BRT日田彦山線の過去・未来

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【爆発踏切とは?】

 現在の日田彦山線の前身・彦山線において、当時未完成だった彦山駅宝珠山駅との間が鉄道で結ばれる前のこと。この区間には3つのトンネルが建設され、うち距離の短い二又トンネル・吉木トンネルは完成していたが、約4.4kmにも達する釈迦岳トンネルは太平洋戦争の激化で工事が中断していた。
 当時の日本軍が火薬の保管場所を探っていた所、二又・吉木トンネルが保管場所として適切であるという判断から、トンネルに火薬を運び込んだ。
 終戦後の1945年11月12日、連合国軍側が火薬の引き渡しを要求され、当時の日本軍によって処分しようと試験点火したところ、問題なしと判断し、そのまま火薬に点火。

 最初は問題無かったが、1時間後にトンネル口から火炎放射器のように炎が吹き出して近所の民家を焼いていき、ついに17時20分頃に山ごとぶっ飛ぶ大惨事が発生。爆風や土砂・倒壊物などが近所に落下し、地元住民ら合わせて死者147名・負傷者149名を出した。

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爆発踏切みっけ。

 最初はどこに爆発踏切があるのか分からなかったが、彦山駅から国道500号東峰村方面へ向けて少し進んだ先にある、細い分かれ道から川を渡って反対側に向かうと、例の場所がある。

 パッと見た感じは遮断機も何も無い、第4種踏切そのもの。そこから彦山・添田方面に目を移すと、不自然な切り通しになっている場所があり、そこに二又トンネルが存在したとされる(爆発現場)。

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遮断機も何も無い、典型的な第4種踏切にありがちな「とまれみよ」

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こちらは彦山・添田・後藤寺方面。不自然な切り通しになっている場所が、例の事故現場。

記憶を残すためにも、ココにBRT駅を設置してみてはどうか?

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 時は経て、2020年5月、ついに東峰村がBRT日田彦山線への転換を容認。具体的には福岡県知事が鉄道での復活を断念し、JR九州が出してきたBRT復旧案に加え、県議団の独自案として、筑前岩屋~宝珠山区間もバス専用道として作り替え、沿線自治体と地域振興策を考えていく方針となった。

 今日の地元紙でも、未だに鉄道を残して欲しい住民らは昨日の会議で猛反発を示したものの、東峰村を含めた全ての自治体が足並みを揃えた以上、抵抗もココまで。それよりも「JR線が生き残っただけでもマシ」と考え、未来志向の日田彦山線を模索していく方が現実的だ。

 爆発踏切があるこの場所は、バス専用道として整備されるものの、実際には踏切ではなく、そこら辺にある単なる交差点に変わるだけである。しかしながら、悲惨な事件が起き、その後で全線開業となった後も炭鉱産業の衰退や人口減少に悩まされ、鉄道も二度三度と政治に振り回されてきた曰く付き路線。

 であれば、少しでも記憶を残す意味でも、ココに「BRT爆発踏切跡駅」(仮称)を設置するのはどうだろうか。この近所には数軒ながらも集落が存在し、定時性も十分に確保できるため、増設駅としてのメリットがあると思う。BRTとして生まれ変わった気仙沼線大船渡線でも、専用道区間に独自の追加駅を設けるなど、模索している様子が窺える。

 BRT転換が現実のものとなり、この場所が道路に生まれ変わる。私は「鉄道が無くなるのは寂しい」とは、あまり思っていない。物心ついた時から鉄道など近所に無かったし、鉄道利用は通勤・通学の足として、そして旅行手段の一つとして存在するモノという程度である。JRが完全に廃線とするのではなく、連絡運輸の一つとしてBRT前提で日田彦山線を残してくれただけでも奇跡的と私は思うんだけどな。