そらマメさん道路局

以前のブログから、道路関係と一部の公共交通の話を分離させたもの。鉄道関係・新聞流通の話は、別ブログで。

佐賀県道244号南佐賀停車場線(国鉄佐賀線・戦力外通告)

 佐賀市の南佐賀地区を通る国道208号。この交差点、少し変則的な形をしており、信号機のすぐ隣にある薬局から、奥に引っ込んだ形でヒッソリと裏路地のような細い道が延びている。スグに行き止まりとなるが、目の前には木造建築で出来た駅舎がある。

 これこそ、1984年の国鉄戦力外通告国鉄再建法)で廃線を宣告された、旧・国鉄佐賀線の南佐賀駅である

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南佐賀2丁目交差点。とても分かりにくい民家の裏路地の所で旧・停車場線と繋がる。

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スグに行き止まりとなるが、その先にある駅舎こそ、かつての南佐賀駅だった場所。

佐賀駅

 南佐賀地区に設置されていた駅であるため、駅名もシンプルに「南佐賀駅」となっていた。駅舎は結構立派に見えるが、これは戦力外となった後で地元の手によって補修されたもの。きっぷの売りさばきなどは1971年に廃止されており、意外と早い段階で無人化されている。

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国鉄佐賀線 南佐賀駅(跡地)

 駅舎そのものもきっぷうりばを思わせるような窓口などは確認できず、目の前を通る徐福サイクルロード(佐賀県道401号佐賀環状自転車道線)における公園施設の形に転換され、完全な形で残している訳では無い。

 ホーム上の壁には、戦力外寸前までの運賃表と時刻表が掲載されている。JR九州に移管された後は地域輸送に切り替わったため、佐賀駅を軸に鳥栖方面と江北・肥前鹿島・武雄温泉方面などでそれぞれダイヤが異なるが、国鉄時代は少ない車両で広範囲にわたる効率的な輸送を行っていたため、既に自動車交通に転換した昭和40~50年代では、朝夕で1時間程度、データイムは3時間以上も空白になるようなダイヤを組んでいたようだ。

 また、佐賀線はその生い立ち上、貨物列車で中遠距離輸送を行う目的から作られた経緯があるため、旅客を扱わない時間帯ではその部分を活用して貨物を走らせる、といった使い方も考えられる。しかし、貨物自体も1978年で廃止されたため、末期は極めて空気感が漂う状況下だったと言える。

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当時の運賃と時刻表。今のような地域主体の輸送ではないため、時刻・運賃にバラツキが見られる。

 ホームそのものは昔の原型をほぼ留めており、線路は廃線後に佐賀県が引き取り、サイクリングロードに転換させた上で新たに再出発を果たしている。駅名標も残されてはいるが、これは後から造り直されたものである。

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佐賀駅から、筑後柳河・瀬高・大牟田方面を眺める。単式ホーム1線のみと、至ってシンプル。

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こちらは佐賀駅・長崎方面。当時ののりばや駅名標などは、出来る限りの範囲で残している。

南佐賀停車場線

 駅前と国道208号とを結ぶ、僅か100m程度しかない道路は、かつては佐賀県が管理する県道(244号南佐賀停車場線)として運用されていた。しかし、2008年3月31日に佐賀県告示で正式に戦力外となり、翌日、佐賀市に引き渡されている。佐賀線沿いにあった「停車場線」は、他にも光法駅や諸富駅にもあったが、諸富に関しても2021年10月1日付で戦力外となり、佐賀市に引き渡されている。

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 現在でも光法駅があった場所に関しては、2つの停車場線(江上光法停車場線・大詫間光法停車場線)が残されているが、停車場の名称を変更しないのは、南佐賀・諸富以上に交通量が多く、路線名変更などの重要性が特にないため、迂闊に変えるより現状維持させた方が混乱せずに済む、という見方が強い。

佐賀線の痕跡

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佐賀線の名残が唯一、ハッキリと現存する筑後川昇開橋。

 佐賀線の痕跡をザックリ説明していくと、佐賀~南佐賀までの区間は、大部分が佐賀市の再開発事業などで道路化・都市開発が進められている。南佐賀~筑後川昇開橋までは佐賀県が管理する自転車専用道路(徐福サイクルロード)として生まれ変わり、春先には旧線路跡沿いを中心に桜が見頃を迎える。ゾンビランドサガ第1期でも出てきた、例の筑後川昇開橋は、元々は用なしで解体されそうになったものの、地元の強い存続で地元に引き渡され、その後は歩道橋に転換して大切に維持管理がなされている。

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(ゆうぎり)来な~んし!

 筑後川を渡って反対側の福岡県に入ると、筑後若津(筑後川昇開橋そば)~東大川付近までは道路化され、一部は有明海沿岸道路に転換されている。東大川~筑後柳河までは完全な廃道となっているが、筑後柳河~矢部川付近までは柳川市・福岡県が主体となって道路に転換。矢部川橋梁は完全に撤去されて痕跡がなく、終点の瀬高までも「何となくそんなのがあった」程度にしか確認出来ない。唯一、瀬高駅に0番線の名残が残る程度。

【戦力外となった駅の去蹴】

  • 佐賀駅:現状と変わらないが、0番線の名残がイカの耳として残る程度。
  • 佐賀駅:消滅
  • 佐賀駅:公園化・公衆便所転換
  • 光法駅:ほぼ消滅
  • 諸富駅:消滅
  • 筑後若津駅:公園化
  • 筑後大川駅:職安の出張所
  • 大川駅有明海沿岸道路・大川東インターに転換(駅名とインター名が……)
  • 筑後柳河駅:公園化
  • 百町駅:消滅
  • 三橋駅:消滅
  • 瀬高駅:0番線の名残が僅かに残る程度で、消滅。

 佐賀線の経路に沿った路線バスは殆ど存在しない。

戦力外を決めるのは、JRでも国鉄でもない

 以前から物申していることだが、敢えて今回も物申す。

 廃止議論を行うとき、自治体や鉄道に強い想いのある人は、なぜか口を揃えて「鉄道を残せ」と叫ぶ。叫ぶこと自体は結構な話だが、その前に実際の輸送状況を見たことがあるのだろうか。利用者としては不便極まりない鉄道路線を公共財として守るよりも、自動車交通を主体としている以上、道路の拡幅や小回りの利く路線バスの拡充などを求める声の方が先に来るはずである。

 佐賀線も、当時としては南筑後と佐賀・西九州方面の連絡において、鳥栖方面に迂回する必要のないショートカット路線として重宝されていたが、戦後のモータリゼーションで自動車社会に代わり、列車による輸送とトラック・自家用車による移動とでは、圧倒的に後者の方が有利になったことから戦力外に追い込まれたのである。

 停車場線の話から大きく脱線してしまったが、国鉄、さらには現在のJR線のダイヤが大きく増えたり減ったり、あるいは最悪、戦力外となって違う交通モードに切り替わったり、土に還ったりするのは、利用者の動向で決まると考えたがいい。そして、仮に戦力外となって第2の人生を歩む時、かつての名残をしっかりと継承していくことが出来るかが鍵を握る。佐賀線の場合は筑後川昇開橋を守ることができ、しかも現在に渡って立派な観光地として残しているだけでも奇跡的だと思う。

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私たち、(違う形になってでも)生き残りたい。

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機械遺産を残せただけでも奇跡。歴史を残すことは大事かよね?

 ……ところで、今年はゾンビランドガリベンジの絡みで、佐賀県内へあちこち出かけた。いや、出かけすぎて地元福岡を疎かにした側面があった。でもまあ、筑後にすればお隣さんのようなモノだから、また来年も、気が向いた時にブラッと出かけてみたい。

 こんな時に便利なのが「佐賀の歩き方」とも言えるトラベラーズガイド。単なる聖地巡礼に留まらない、佐賀県内の観光・歴史ガイドが掲載され、ゾンサガ知らずでもある程度攻略が可能である。映画版の上映も決まったことですし、来年もしっかり佐賀・西九州に行きたい。