九州島の「酷道」で取り上げられる路線といえば、残念ながら国道265号・388号のツートップが挙げられる。東九州道の開通などで大分県と宮崎県の間を国道388号経由で向かう機会が減った今、国道ずかんの作成を理由に、久しぶりに出かけてみた。
手応えを感じるガチ「酷道」
以前にも何度か来たことがあるため、県境部の酷道区間は十分に慣れている……と思ったが、さすがにブランクが空きすぎて感覚が掴めておらず、離合ポイントを活用して道路状況の撮影をした分まで考えても、峠を越すのに30分以上掛かってしまった。
県境部を通る国道388号は、人気が皆無。後述の広域農道に加え、並行する東九州道が無料で通行できることも重なり、もはや見捨てられた感しかしない。東九州道開通以前からもココを通るドライバーは限定されているためか、ガードレールなし・洗い越し・落石や木屑の散乱が酷すぎて、道路として機能しているか疑問に感じる。
大分県側の酷さは目に余るが、宮崎県側もそれなりに酷い。ただ、大分県側とは違い、宮崎県側は丁寧にキロポストを設置していることや、極端な狭隘区間が限定的であることから、大分県側のソレと比べれば峠越えは割と楽。もちろん、道路の手入れは大分県同様に必要最小限で、今回のドライブでも木屑や小石が散乱するなど、メンテナンスはほぼ放置されていた。
広域農道の方が、事実上の国道388号となっている理由を考える。
国道388号の県境部が現在でもアノ状態であるのに対し、それよりずっと前に県境部の狭隘区間を迂回するバイパス道路(蒲北トンネル経由)があり、大分県・宮崎県としても半強制的にそちらに誘導するような案内になっている。
蒲北トンネル自体は500m程度と距離が短いものの、トンネルの前後は1.2車線規模のやや狭隘な道路になっており、リアス式海岸に接する大分県側は、地形的な事情からクネクネカーブが連発している。ただ、国道のソレと比較すれば桁違いに走りやすく、両県共に道路の手入れもしっかりと施され、チョッと狭く感じる程度の国道とほぼ変わりない。
蒲北トンネルの宮崎県側には開通記念碑が飾られている。
碑文
この農道は、宮崎県北浦町(現・延岡市北浦地区)と大分県蒲江町(現・佐伯市蒲江)の深い交流を背景に、更なる農業の振興と地域の活性化を願う地元の熱望により、全国でも数少ない2つの県を結ぶ全長4km余の県営農免農道として、10年の歳月を経て建設されたものである。
本農道が、県境を越えた人、物、文化の交流を一層促進し、地域発展に大いに貢献することを期待するものである。
2県にわたる農道建設の実現並びに、着工後の事業水深に多大のご尽力、ご協力をいただいた関係各位に深く敬意を表し、事跡を後世に伝えるためこの碑を建設する。
平成7年11月吉日県立 蒲江・北浦農免農道事業促進協議会
刻まれた文章をよく読むと、「この道路は農免農道として整備された」と記載している。つまり、この道は「農道」である。「農免」は聞き慣れない言葉だが、「農林漁業用揮発油税財源身替農道」と呼ばれ、分かりやすく例えれば、農道版の道路特定財源制度とも言える。
誰もが道路を使う以上、整備の財源となる揮発油税を自動車に課すのが一般的だが、トラクターや漁船のように道路を使わないクルマに関しては免除するのが望ましい。しかし、実際に見分けを付けるのが難しいことから、農業用・漁業用に消費される分に関しては、別枠で税金を徴収する仕組みが考え出された(農業・漁業は免除するから「農免」という)。この財源は国道や県道を管理する各都道府県と異なり、各市町村に税金が行き渡るため、「この農業向け税金を上手く使えば、いつまで経っても改良しない国道388号のバイパス整備に割り当てればいい」という逆手の発想が生まれる。
実際、開通記念碑の部分を見てみると、整備期間は1986年~1995年、総事業費は両県足し合わせて約22.8億円要したとなっている。巨額な費用ではあるものの、一般的な国道整備と比較しても比較的割安であるし、どちらも旧・蒲江町と旧・北浦町が自腹で整備したと考えれば、この地域にしてみれば妥当な整備費と見て取れる。
広域農道が開通すれば、後は海沿いを通る国道388号の改良工事を大分県・宮崎県側が整備すればよく、「県境部は広域農道で迂回」と両県が丁寧に説明すれば、農道が国道の代替と認知されて国道の再整備の必要性も薄れる。で、国道388号の県境部は野晒し状態で完全放置となり、酷道がそのまま残って今に至る。まさに、税金の取り分を上手く活用したアイデアである。
道路法に基づく迂回路は、東九州道が解決済みという件
国道388号の代替としては、前述の広域農道に加えて東九州自動車道があり、大分県側では麓から2合目あたりでチラッと本線の様子を窺える。東九州道も繁忙期以外では閑散気味だが、だからといって無いなら無いでとても困る。東九州道のルート選定がシークレットに包まれているのが疑問という程度で、実際にココを走ったら国道388号のことなど忘れてしまう。感謝感謝(-人-)
蒲江経由の東九州道を整備する理由付けは幾つかあるが、「ゆえに高速道路は必要だ」(四方洋/毎日新聞社)の中では、実際に未改良が多かった国道388号の交通改善を理由に、東九州道整備の必要性を強く訴える記述がある(今の反政府主義的な毎日とは考えられない硬派な書籍)。狭隘区間だらけでマトモな走行が出来ず、当時の無駄な公共事業ブームでポピュリズムに浸かって良いものかと一石を投じた書籍を読む限り、少なくとも東九州道の概念が出てきた1966年当初から、日豊海岸沿いの道路環境改善の足掛かりはあったと言える。
東九州道は「高速自動車国道」と呼ばれる、道路法の根底に基づいて整備されたもの。民営化を前に料金収受で建設・維持管理するのは採算上の問題が生じたことから、国と地方自治体が税を負担して整備した新直轄道路である。この際、大分県や宮崎県も税負担で整備したことから、理論上は道路法のルールに基づいた「国道」でもある。
国道という大義名分があるならば、国道388号のバイパス道路が事実上の東九州道と拡大解釈することは、ややオーバーだとしても一理あろう。コレならば法律上は「酷道」は解消されたと言い切れる。但し、蒲江~北浦は国道388号バイパスではなく単独の高速自動車国道として整備してしまったため、国道388号自体は旧道とは見なされない。
これを踏まえれば、
となって現在に至るのが着地点だろう。
大分県と宮崎県に関しては、法律上のスキを突いて裏ワザ的に酷道を解消することが出来たが、1993年に大幅延長した宮崎県~熊本県に関しては、そうした裏ワザ的な手法が無いため、全区間で県税負担(一部は国の補助も入る)で線形改良工事・バイパス道路の整備が必要になってくる。蒲江~北浦以上に沿線人口が少ないため、もはや絶望的か。